11.港区 名古屋を歩こう

名古屋市港区の成り立ち

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港区プロフィール

港区概要

名古屋のベイエリア

 港区は名古屋市南西部に横たわっています。東西に長く、また埋め立てによって南にも伸び続けており、市内最大面積の区となっています。面積が大きい上に海沿いということで、西から日光川、福田川、戸田川、新川、庄内川、荒子川、中川運河、堀川、山崎川、大江川と多くの河川が流れています。区域のほとんどは海を干拓した新田であり、今でも市内最大の米穀生産地帯が西部に広がっています。一方、区の名の由来でもある南東部の名古屋港は、2001(H13)年から輸出入の総額が日本一となっています。しかも東京港や横浜港を大きく引き離しています。西は農業、東は貿易・工業地帯ということで、面積は市内トップであるものの、人口は7位に留まっています。

 区域の変遷ですが、今回は時系列ではなく区域ごとに見ていきます。まず西から。庄内川、新川の西側一帯の新田は、1906(M39)年に海東郡南陽村に統一され、その後海部郡南陽村となり、1949(S24)年に南陽町となりました。そして1955(S30)年に山田村(西区)、楠村(北区)、富田町(中川区)とともに名古屋市と合併し港区になりました。

 続いて庄内川から堀川にかけては、後述の埋立地を除いて1889(M22)年に愛知郡小碓村となりました。小碓村は熱田区千年、熱田新田も含む広大な区でしたが、1907(M40)年にそのうち港区の当知、土古あたりを除いて名古屋市に吸収され旧南区となりました。残された小碓村についても1921 (T10)年、旧南区に編入されました。

 そして1937(S12)年、旧南区のうち旧南陽町を除き現在の区域を以って港区が誕生しました。また大正時代以降、稲永から金城ふ頭にかけてや、ガーデンふ頭が埋め立てられた他、堀川の東側は南区であるもかかわらず、埋立地については港区になったため、港区はさらに東に広がりました。

港区のみどころ-ベイエリアには観光・工業・農業・自然が共存

 旧南陽町の区域では、新田干拓の痕跡や今も残る田園風景、農業がテーマの都市公園、市民の手で残されることになった日本一の干潟を見ます。庄内川の西側、旧小碓村の区域も同様に新田ですが、戦後農地開放が行われたために南陽とは違い都市化が進んでいます。競馬場、巨大ショッピングセンターの進出、新規第3セクター路線あおなみ線の開通と話題に事欠かず、今後も発展が見込まれます。そのあおなみ線に沿って南へ歩くと、まるで市営とは思えない豪華な住宅や、野鳥観察施設があり、最南端には国際展示場のほか、あおなみ線が開通したことでアウトレットモールの進出も決まった金城ふ頭があります。

 中川運河の東側は、旧熱田前新田の区域であり古くから栄えていて、区役所もここに設置されています。熱田区と接する根元の東海通では、流れてこの地にやってきた不思議な観音さまの伝説を聞き、海へと向かい、水族館、遊園地、海洋博物館そして「イタリア村」という新しい施設ができることで話題のガーデンふ頭を散策します。堀川の東側にある埋立地は、日本一の貿易額を誇る名古屋港らしく工業地帯。なんと昼間は運転しないという名鉄電車の路線や、HSSTの実験線、そして港区の南端を走る大きな3つの吊橋、名港トリトンを眺めます。

 港区といっても港だけじゃなく、農業、工業、そしてレジャーとさらに今後発展が期待できる、名古屋のベイエリアを歩きましょう。ただ、東京や大阪のようなベイエリアを想像されると、ちょっとギャップを感じてしまうかも...。いえいえ、名古屋のベイエリアはこれから、これからですから。

MAP

港区地図

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