15.名東区 名古屋を歩こう

かつての田畑は交通の大動脈に

記事公開日:2006年6月15日

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 香流川を西へと歩いていきますと、国道302号線の高架にぶつかります。その北側が引山界隈となります。あらかじめお断りしておきますが、引山は私にとって「田舎」、名古屋弁で言うところの「在所」であり、思いが強い場所ですので、若干熱が入り気味になりますことをご了承ください。

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▲国道302号線が見えてくると、次第に川岸は下町風情に。
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▲引山交差点。ナフコはかつて豊年屋というスーパーでした。
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▲マンションも増えました。ただ、奥のマンションは30年前にはもうありました。

 現在の引山は、基幹バスの発着点となっていて大きなバスのバスターミナルがあり、大動脈である国道302号線と363号線が交差し、302号線の地下を東名阪自動車道が走る交通の要衝となっていて、マンションが立ち並び近代的な風景となっていますが、私が幼い頃は国道302号も東名阪自動車道もバスターミナルも無く、363号線は片側1車線の道路で拡幅工事が行われていました。豊年屋の食堂で食べるざるうどんが大好きで、出口にあったゲームコーナーでツインビーをよくやったものです。ヤオマサで買ってもらったアイスクリームの味は今も忘れられません。現在の引山交差点の北側にあった国道建設予定地の広場で、祖父の家の犬とよく遊んだものです。周囲には田畑が広がり、平屋の市営住宅がずらりと並んでいました。

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▲東名阪の引山インター。現在は終点までの距離が短くあまり利用されない。
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▲引山交差点の北側。幼い頃はこのあたりで犬と遊んでいました。
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▲昔は平屋だった市営引山荘も高層化しました。

 一見、近代的な風景に変貌した引山ですが、かつての面影は消えたわけではありません。豊年屋はナフコチェーンとなり、ヤオマサも現存しています。引山交差点の一本東側、現在信号機は無くなってしまいましたが、その路地を北へ歩くと、市営住宅は高層化され、マンションがずらりと立ち並び、理髪店は立派なビルになり、銭湯は姿を消していましたが、それらを除けば驚くほど数十年前の風景が残されています。今も田畑は残されており、美容院やお好み焼き屋さんは当時のまま。美容院の奥にあった森も現存しています。蚊にたくさん刺された少年時代を思い出します。ただ、当時は森だった印象があるのですが、今見るとちょっとした茂みにしか見えませんでした。ビンのコーラの自販機が置かれていた酒屋さんはコンビニになりましたが、残っていました。この界隈には、名東区と言えども転勤者はほとんどいないのではないでしょうか。

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▲かつてはここに小さな信号交差点がありました。
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▲一歩路地に入ると、昔の引山の面影が残ります。
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▲いつのまにか酒屋さんもコンビニに。昔はこのあたりに井戸がありました。

 ところで、引山には不思議な名前の食堂があります。「大衆食堂いびき」です。その名前に首を傾げる人は少なくありません。店主がいびきをかきながら調理しているのでしょうか。それとも、あまりの量の多さに満腹になって、ウトウトといびきをかいてしまうという意味でしょうか。どちらも間違いです。正解は、区画整理される以前のここの地名「猪高町引山」を略して「猪引(いびき)」なのだそうです。まさか地名から名付けられていたとは。名古屋っ子は何でも言葉を略すのが好きですけれども、まさか町名と大字名の頭文字で店名にしてしまうとは。そのセンス、最高です。

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▲子どものころよく食べたお好み焼き屋さんは現存。
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▲畑は少しずつマンションに姿を変えています。
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▲「いびき」とは何ぞや。と思ってらっしゃる方が多いでしょう。

 かつて私の母の実家があった引山。ここは私がこの世に生を受けた故郷でもあります。母方の祖父も祖母も既に他界してしまいました。この引山を散策した時には、母にそのことを報告できたのですが、その母も後を追うかのように他界してしまいました。引山の風景は大きく変貌しましたが、そのなかに少しだけ残された田畑や森の風景が、とても懐かしくいとおしく思えます。

 さて、国道302号線を北へ歩いていきますと、大きなダイエーが見えてきます。このダイエーは比較的新しく、もう一店舗メイトピア店があるにもかかわらず出店していることから、ダイエーが名東区を重要な商圏と考えていたことがわかります。ダイエーの近くにはイタリアンや和食など、テレビによく登場するレストランがずらりと並んでおり、グルメストリートが形成されています。

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▲この先は矢田川を越えて守山区へ。
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▲比較的新しいダイエー名古屋東店。
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▲たくさんの飲食店が並ぶグルメストリート。

 その北側には矢田川が流れます。ここでは矢田川が区境となっていて、川の向こう側は守山区です。川岸は大森橋緑地として整備されています。昔よくこの川でも犬と遊んだことを思い出します。川を西に望むと、環境事業局の猪子石工場と、併設された香流橋プールが見えます。ゴミの焼却熱を利用した温水プールとなっています。

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▲矢田川沿いに整備されている大森橋緑地。
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▲幼少の頃、犬と一緒に浅瀬を対岸まで渡ったりしました。
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▲西の方角には煙突のある香流橋プールが。

 ここまでくると地名は猪子石原になってしまうのですが、今回歩いたほとんどの部分は引山です。しかし今ではどこをどう見ても山はありません。引山という地名は「低い山」を由来としています。今ではそれ程高低差を感じなくなりましたが、数十年前は結構起伏があったそうで、当時は名東区に小中学校が今ほど無く、起伏のある山道をかなりの距離歩いて通学していたとのことです。区画整理、宅地化が進むと名東区は爆発的に人口が増え、千種区から独立して名東区となり、小中学校も分立を繰り返しました。今では区画整理も終わり、名東区は完成形と言えます。現在区画整理が進行中の天白区も、数十年後にはこの名東区のような姿になるのでしょう。

 かつての面影が残っていたことがとても嬉しかったです。走る車の車窓からは、大動脈が交差する引山にそういった一面があることはわかりません。しかし一歩路地に入ると、猪が顔を出しそうな森が今もほんの少しだけ残っています。では、猪子石の地名の由来となっている、その猪に会いにいきましょう。


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