15.名東区 名古屋を歩こう

36年間の懸案事項

記事公開日:2006年6月15日

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 東山通のほぼ名古屋市東端となる大久手東交差点から北へ、藤が丘方面へと歩きます。この通りは春の桜並木が美しいことで有名で、アジアンダイニングや焼肉店など多くの飲食店が立ち並びます。しばらく歩いて行くと、地下鉄東山線の終点である藤が丘駅界隈の繁華街へと繋がります。そして藤が丘駅東の交差点を左折ではなく右折すると、名古屋市交通局の藤が丘工場があります。ここは東端も東端。工場の敷地の一部は長久手町にかかっています。藤が丘から長久手町へと延びるリニモは、この工場をかすめるように地下を走っています。この工場用地が確保できたことから、藤が丘が東山線の終点となったのです。

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▲名古屋市交通局藤が丘工場。一部は長久手町にかかっています。
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▲地下にはリニモが走っています。

 では藤が丘駅方向へと戻ります。先ほどの藤が丘駅東交差点を左折すると、少し名古屋らしくない繁華街となります。牛角や筆で書いたような文字のメニューを出す居酒屋が立ち並び、山手線日暮里駅あたりの繁華街風情があります。ただ、その規模は何十分の一ですけれども。それはたぶん、各店舗に駐車場が確保されていないからそう感じるのでしょう。車社会の名古屋の場合、中心地を除いては駅近くの居酒屋でも大型駐車場があるところがほとんどです。居酒屋の駐車場、それは存在としてかなり矛盾しています。

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▲細い歩道脇に飲食店がずらりと立ち並びます。

 かつては藤が丘の繁華街の中心に、バスの切符を売る店も入っていた複合商業ビルがあったのですが、万博開催時の待機場所として取り壊されました。地下鉄とリニモには輸送能力にかなりの差があったため、藤が丘で何十分、いや何時間も行列に並んだという方もいらっしゃるでしょう。

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▲藤が丘の主!?松坂屋ストア。
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▲かつては複合商業ビルのあった藤が丘駅東側。

 このあたりが名古屋らしく見えないのにはもう一つ理由があります。それは道路が狭いことです。特に歩道は狭く、この時は「街路樹を撤去します」という看板がありました。藤が丘は桜並木がシンボルでもありますから、一部でも撤去は寂しいものです。そして藤が丘駅の西側には、空港へのバスもある大きなバスターミナルがあり、周囲には品揃えがマニアックな書店や、証券会社、銀行などが立ち並びます。今は賑やかな藤が丘ですが、40年前までは藤の花が咲く山里でした。転機となった40年前、ここに「藤ヶ丘」駅が開業しました。藤ヶ丘です。藤が丘と藤ヶ丘。名古屋っ子でもその使い分けをできた人は少ないかもしれません。今は藤が丘に統一されています。36年間並存したふたつの「ふじがおか」。なぜこのようなことがおきてしまったのでしょうか。

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▲撤去されることが決定していた街路樹。
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▲藤が丘バスターミナルには空港行きのバスも発着。
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▲マニアックな書店もある駅前商店街。

 1969(S44)年4月。地下鉄東山線が東に延伸され、終点に駅が設置されることになりました。藤森の土地区画整理組合と名古屋市交通局は協議の結果、藤森の藤を取って「藤ヶ丘」と駅を名付けました。しかしです。その翌年に土地区画整理が施行されると、地名は「藤が丘」となったのです。小学校も地名に倣って藤が丘小学校となりました。地名はあくまでも藤が丘。しかし駅名は藤ヶ丘という状態がずっと続いていました。藤ヶ丘は終点であるため、東山線の全ての駅に「藤ヶ丘方面」という表示があり、もちろん他の路線にも表示がたくさんあり、駅名変更は容易なことではなかったのです。

 しかし、2005(H17)年に長久手町で愛・地球博が開かれることとなり、しかもこの藤が丘が重要な乗換駅となりました。さらに、それに合わせて名城線の環状化、名城線の一部区間の名港線化など地下鉄に大きな変革がありました。そのため35年の時を越え、藤ヶ丘駅は地名と同じ「藤が丘」駅に表記を改められたのです。万博が無かったら、今も藤が丘は藤ヶ丘のままだったかもしれません。地下鉄の他の駅では、「ヶ」が「が」に修正されている跡を見ることができます。「ヶ」は文字が小さいため、修正された「が」の字が細く、居心地が悪そうにしていることが多いです。

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▲一歩路地裏に入っても、たくさんの飲食店が立ち並びます。
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▲あちこちの公的看板の「ヶ」が「が」に直されています。

 藤が丘駅前交差点から北西へと歩いていきます。それまでの繁華街一辺倒の風景から、住宅が混在する風景に次第に変わります。藤が丘駅西交差点の西側には明が丘公園と了玄院があります。このあたりには「明が丘」「富が丘」「豊が丘」「藤見が丘」と、かつての新興住宅地には「が丘」が多用されたことを実感できます。さらに北西へと歩いていきますと、再び飲食店が多く立ち並ぶようになり、名古屋サンプラザ、清水屋のある名東区、守山区、長久手町、尾張旭市が入り組む地帯へと続きます。それを象徴するかのように、同じビルに入居している二つの会社のそれぞれの支店名が「名古屋支店」と「長久手支店」と異なっていたりします。

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▲広いグランドのある明が丘公園。
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▲明が丘公園の西にある了玄院。
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▲四軒家方面にはずっと飲食店街が続きます。

 もうこのあたりは藤が丘という地名ではなく、駅から徒歩では少々厳しい距離になるのですが、藤が丘という地名の知名度が高いせいか、お店は「藤が丘店」となっていることが多いです。しかし、地名と駅名が「藤が丘」に統一された今でも、「藤ヶ丘」の文字を使っているところがたくさんあります。まあ、お店の場合はわざわざ表記を変えるコストがもったいないですからね。変えたところで費用対効果があるとは思えません。

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▲民間のお店は「藤ヶ丘」を「藤が丘」に直す必要はありませんものね。

  修正されていないお店、しかも藤が丘にあるわけでは無いお店の看板だけが、駅名と地名が違うというかつての懸案事項を語り継いでいます。


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