15.名東区 名古屋を歩こう

緑地も街も道路も分断され...

記事公開日:2006年6月14日

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 名東区の地図を見ると、南端に大きな池のある緑地が存在するのがわかります。「牧野ヶ池緑地」とあります。牧野ヶ池緑地という名を耳にしても、どういうところかを即在に思い浮かべられる人は名古屋っ子でも少ないと思います。市内にある他の大高緑地や小幡緑地に比べて地味な印象があります。それはなぜでしょう。

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 地下鉄星ヶ丘駅から市バス「幹星丘1」系統に乗り、新宿という名古屋では耳慣れない名のバス停の次にある梅森坂口で下車します。そこが牧野ヶ池緑地の北西端にあたります。緑地はそこから横におよそ1.2キロ、そして縦にも約1.2キロに渡って続いています。その大きさは147ヘクタール。ところが、その面積の約半分である72ヘクタールがゴルフ場となっているのです。そのゴルフ場を取り囲むように、残り半分の面積に憩いの施設が散りばめられています。公園の中央部がゴルフ場として分断されているため、緑地公園としての印象が薄いのでしょう。

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▲牧野池。池の向こう側に緑地とゴルフ場があります。

 緑地の北側に横たわるのが牧野池です。ぐるっと池を1周3キロのコースを歩いてみましょう。池の南側にはハスの群生地があり、池に突き出ている部分には雪見堂があります。南側にはゲートボール場や芝生広場、ぼうけん広場などが設置されています。カワセミやクサガメ、ミシシッピアカミミガエがいるハンノキの群生地を越えると池の西側に出ます。出たところで児童野球コーナーへ行かずにそのまま池に沿って歩いていくと、丘の上に続いている道があります。登ってみましょう。

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▲牧野池をぐるっと1周すると3キロ。ウォーキングする人も多いです。
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▲牧野ヶ池緑地のわいわい広場。子どもたちの遊び場です。

 周囲はコナラの木に囲まれ、日中でも薄暗いです。すると「マムシ注意」の看板を発見。クモとかもたくさんいました。まさに自然を体感です。すると森のなかに現れるのが展望台です。ここからは池を眺めることができます。さて、この展望台ではなくその先にある歴史を記す石碑に注目してみます。展望台の奥にある細い道を通って池のほとりに再び出ます。するとその先に、森のなかへと続く薄暗い石段があります。「勝野太郎左衛門頌徳碑」という案内がなければ、そこへ踏み入る勇気は起きない階段です。

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▲人工ではなく本格的な緑地なので、マムシに注意。
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▲コナラの木に囲まれながら池を眺めると、まるで名東区とは思えない。
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▲こちらが展望台。木々が大きくてあまり展望はできないかも...。

 階段を登るとそこには、大きな石碑と少し小さめの石碑があります。大きい方が先ほど看板のあった勝野太郎左衛門頌徳碑です。勝野太郎左衛門とは尾張藩の郡奉行で、この牧野池を作った人物です。江戸時代、このあたりは尾張徳川家の御狩り場であり、周囲に農村が広がっていました。しかしいつも水不足に悩まされていた地域でした。そこで勝野太郎左衛門は1646(正保3)年から数年間を費やし、農村の田畑に水が行き渡るようにため池を作ったのです。それがこの牧野池です。現在でも愛知県内3番目の大きさを誇るため池です。牧野池が完成してからは周囲のたんぼに水が行き渡るようになり、豊作となったそうです。

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▲展望台から池へと再び戻ります。
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▲池のほとりから深い森へと続く階段。案内が無ければ入りませんでした。
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▲階段は、結構奥深くまで続いています。

 また、頌徳碑の横にある竣工記念という石碑には「昭和7年猪高村長」という文字が刻まれていました。名東区が誕生したのは1975(S50)年のこと。ちょうどその年に私は名東区で生を受けていす。それまで名東区は千種区の一部でした。さらに遡ると、名東区の区域は1955(S30)年まで猪高村でした。当時は本当に猪が出そうな山並みが広がっていたそうです。この緑地にだけはその面影が残っている気がします。この緑地公園は愛知県の公園となっていて、敷地内にある愛知カントリークラブは猪高村だった頃の1954(S29)年10月に、田畑と山に囲まれて誕生しました。現在では公園の周りには高架の高速道路が走り、背の高い住宅が連なっていて田畑は見る影もありません。147ヘクタールの緑地だけが、かつて猪が駆け回っていたことを想像させるのみです。

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▲勝野太郎左衛門頌徳碑。今でも県内3位を誇る規模の池を作るとは凄い。
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▲こちらは緑地の竣工記念碑。猪高村という文字に歴史を感じます。

 池の北側へ出るとその時代の流れを実感します。公園の敷地を出るといきなり現れる県営高針住宅。背の高い住宅がずらりと並んでいます。そして西へ歩くと程なく現れる東名阪自動車道高針ジャンクション。名古屋高速はここから東山公園の地下をくぐりぬけ、名古屋の都心へと繋がっています。この高針ジャンクション周辺は、住民の反対運動がかなり強かった地域です。高針ジャンクションからは、さらに南に東名阪自動車道が延伸される計画があり、現在工事が行われています。かつては猪が駆け回っていた野山に、現在はさらにスピードの速い金属の塊が駆け回っています。

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▲緑地のすぐ北側には大きな住宅がいっぱい。
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▲緑地と隣り合う高速道路のある幹線道路。
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▲ジャンクションでは高架の高速道路がさらに立体交差。

 高針ジャンクション周辺は車の交通量は多いのですが、その立派な道路に歩く人影を見ることはほとんどありません。周囲には、とても印象に残るテレビCMを流している日本ぱちんこ部品の本社など町工場や、スーパーナフコ、ホームセンターなどがあります。お店には人が居るにもかかわらず、どこか閑散な雰囲気が漂うのは、高架道路が上を走る国道302号線沿いに、巨大な防音壁があるからでしょう。これにより周辺住民は多少騒音から守られているのでしょうけれど、こんな壁と太い国道、さらにその上に高速道路が走っていたら、街が分断されても仕方ないですね。とはいえ、このあたりの住民もアクセス性向上の恩恵は受けているわけですから、複雑な思いもあることでしょう。

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▲テレビCMでおなじみの日本ぱちんこ部品。どうして平仮名?
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▲防音壁と高架の高速道路で街は分断されています。
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▲防音壁の内側と外側ではまるで別世界。

 インターの前の歩道橋に登ると、真新しい高速道路が森のなかを突き抜けている様子がよくわかります。以前にも触れましたが、この高針ジャンクションを境に中日本高速道路が運営する東名阪自動車道と、名古屋高速道路とでは運営会社が異なり、なおかつ両方が均一料金制を採っているので、結構お高い別料金になることをお気をつけください。名古屋高速からやってきて高針ジャンクションで東名阪自動車道に乗りそのまま名古屋インターへ行くと、距離の割りにその料金の高さにビックリしますのでお気をつけください。この名古屋高速の東端から、名古屋高速の西端にある名古屋西インターまでぐるっと走れるだけの料金を東名阪自動車道ではとられます。名古屋インターへ行くためにわずか数分走るだけなのに...です。名古屋市内の東名阪自動車道は、距離に関係なく均一料金なので...。

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▲名古屋高速はここから東山の森を突き抜けて名古屋の都心へ。

 ここは道路によって街が分断されているだけでなく、その道路自体も運営会社が分断された結果がこれです。


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