おいでよ!名古屋みゃーみゃー通信 第4章 名古屋の文化・風習

お祭りに見る名古屋らしさ

記事公開日:2004年9月8日

おいでよ!名古屋みゃーみゃー通信 第40回

イラスト

 地方の文化や風習がよく表れ、なおかつ他の地方の人の目に触れることが多いのが「お祭り」です。お祭り自体がその地方のイメージとなっていることもよくあります。例えば、徳島県で思い出すものはと聞かれたら阿波踊りと答える人は多いでしょう。どんたくは博多、祇園祭は京都、七夕祭りは仙台、ねぶたは青森と、お祭りの名前を聞いただけでその街の名が思い浮かびます。

 変わって、名古屋のおとなり三重県は、全国で最もお祭りの多い県です。平均すると1日に1つ以上のお祭りがあります。お祭りとは、もともと神さまや仏さまを祀る行事ですから、伊勢神宮のお膝元である三重県がそうなのは頷けます。このようにお祭りと地方とは密接な関係があります。ということで、今回はお祭りを通して名古屋を見ていきます。

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名古屋を代表するお祭りとは

 さて、名古屋っ子以外の方に「名古屋のお祭りを知っていますか?」と聞くと、ほとんどの人が「知らない」と答えると思います。少なくとも私の友人・知人の場合は、名古屋っ子ではない人でこの問いに答えを出すことができた人はいませんでした。しかし、名古屋っ子は「名古屋まつり」のことを全国区だと思うほど、このお祭りは名古屋でメジャーです。その名古屋まつりとはどんなお祭りなのでしょうか。

名古屋まつりの歴史

 歴史はそれ程古いものではなく、最初に開かれたのは1955(S30)年のことでした。その前の年に愛知県・名古屋市・名古屋商工会議所の共催という形で「名古屋商工まつり」という当時としては全国的にも珍しい商業的なお祭りが開かれたのですが、商工業者だけでなくもう少し一般的なお祭りにしようということで名古屋まつりは始まりました。「ふ~ん。」と思われるだけかもしれませんが、実はこの成り立ちがこのお祭りには大きく影響しています。

 名古屋まつりは毎年10月中旬の金曜から日曜の3日間にかけて開かれます。(ただし2005年は5月の予定)このお祭りの基本はパレードです。名古屋駅から栄、そして名古屋城までを練り歩きます。姉妹都市提携をしている各都市によるオープンカーパレード、鮮やかな色の花や電飾で飾られる花バス、愛知県警警察音楽隊、子どもたちによるお神輿、そして山車に神楽など、名古屋市中心部一帯を通行止にしてパレードは行われ、沿道にはたくさんの人が見物に訪れます。

何と言っても郷土英傑行列です

 なかでも最も注目されるのが「郷土英傑行列」です。名古屋が生んだ三英傑、天下統一を目指すも志半ばで配下に殺されてしまった織田信長、その遺志を継いで天下を統一した豊臣秀吉、そして江戸幕府を開いた徳川家康。それぞれの役に抜擢された地元の名士が衣装を身に纏い、信長隊、秀吉隊、家康隊と各隊100人から200人を引き連れ街を闊歩します。

 信長隊には家臣の前田利家や森蘭丸、秀吉隊には妻のねねや母の大政所、家康隊には井伊直孝や近藤勇などそれぞれ縁の人物も登場します。家康は三河の国岡崎出身なので微妙といえば微妙です。かわりに鎌倉幕府を開いた源頼朝でもいいと思うのですが。彼は熱田神宮の隣りで生まれていますから。こうして見ると、日本の歴史は名古屋っ子が作ってきたと言っても過言ではありませんね。

 そこなんです、それを体感するのがこのお祭りの醍醐味です。しかし、誰一人として名古屋を都としなかったのは...なぜ...。

名古屋まつり
▲2004(H16)年は三英傑を中日OBが務め、信長は谷沢健一さん。

名古屋まつりに見る名古屋らしさ

 この名古屋まつりが商工祭りであった名残なのが、この郷土英傑行列の割り振りです。名古屋には「4M」と呼ばれる頭にMのつくデパートがあります。その4つのデパートがこの郷土英傑行列を担当しています。それぞれの隊の姫役は各デパートの社員が扮装することはよく知られていますが、デパートは姫だけを参加させるわけではなくスポンサーでもあります。

 信長隊が三越、秀吉隊が丸栄、そして家康隊が松坂屋です。「あれ?4つのデパートなのに三英傑?」と思われますよね。残ってしまった名鉄百貨店はどうしているのかと言いますと、そのパレードの先頭に立つ少年鼓笛隊を担当します。少年鼓笛隊は明治維新で活躍した官軍の鉄砲隊、新撰組、そして天狗に扮しています。それなら源頼朝を加えればいいのに...、とますます思えてしまいます。

髙島屋がオープンしたけど…

 2000(H12)年3月にジェイアール名古屋高島屋が名古屋駅にオープンし、現在は「4M+1T」と呼ばれるようになりましたが、この行列に高島屋が入り込むのは難しいと思われます。さらに前から名古屋駅にある近鉄百貨店でさえ参加できないのですから。結局のところ、名古屋資本のデパートでなければならないのでしょう。

 何と言っても「郷土」英傑行列なのですから。ちなみに前にも書きましたが、名古屋三越は生粋の名古屋資本であるオリエンタル中村百貨店が名古屋三越となったもので、最近まで三越本体とは別法人でした。ですから三越とはいえ郷土の百貨店なのです。

 地元の英雄を、地元の商工業者のみがパレードする。いくらその英傑が全国区でも、この名古屋まつりが全国区になれない理由が何となくわかった気がします。


▲名鉄百貨店の少年鼓笛隊。なぜか鞍馬天狗がいます。

新しい名古屋のお祭りの経緯

 さてそんな名古屋まつりとは対照的に、全国、いや全世界の誰もが参加できる、観客動員ゼロを目指す、つまりお祭りを見る人が全て参加することを目標としているのが、1999(H11)年にスタートした「にっぽんど真ん中祭り」です。

 毎年8月下旬の週末土日の2日間に、こちらも栄・名古屋駅一帯を通行止にして行われます。そのお祭りの内容ですが、それぞれの団体が地元の民謡の一部を取り入れた音楽に乗って、必ず手に鳴子を持ち踊りながらパレードするというものです。

 「え?それって...。」

 と思われた方も多いでしょう。手に鳴子を持って踊るといえば、高知県のよさこい祭りが有名です。そしてそのよさこい祭りを見て感動した大学生が、「北海道にもこんな祭りがあったらいいな。」と、よさこいに北海道のソーラン節をミックスして1992(H4)年に札幌で始めたのが「YOSAKOIソーラン祭り」です。

 札幌は高知の真似をして学生がお祭りを始めたわけですがこれが大当たり。今ではマスコミも巻き込み、2004(H16)年には祭りのファイナルイベントをゴールデンタイムで放送したテレビ北海道の視聴率は平均で25%、瞬間最高で35%を記録しました。

 1996(H8)年、その北海道のYOSAKOIソーラン祭りに参加した名古屋の大学生たちが、同じようなお祭りを名古屋で開きたいと活動を始めました。YOSAKOIソーランの場合は、活動を始めた翌年にお祭りの開催が実現したのですが、名古屋はやはり様々な壁が厚く3年の月日を経て1999(H11)年に第一回にっぽんど真ん中祭りが開催されました。

 ところが名古屋のマスコミは冷たく、当初はあまり好意的ではありませんでした。しかし学生たちの努力や参加者の増加により、北海道のようにゴールデンタイムとは行きませんが、今では各テレビ局がこぞって生中継をするようになりました。

ど祭り
▲セントラルパークがど祭りメイン会場。外国からも参加者が来るように。

「ど真ん中」とは方言で「真ん中の中の真ん中」という意味です。位置的に日本の真ん中にある名古屋に日本中そして世界中から人々が集まって、このお祭りに参加して欲しいという意味が込められています。

 このふたつのお祭りが名古屋を代表するお祭りです。地元の商工業者だけが地元の英雄を賛美する名古屋まつり。二番煎じならぬ三番煎じのにっぽんど真ん中祭り。

 冒頭、お祭りはその地方の特性を表すと言いましたが、全くその通りではないでしょうか。

イラスト
▲かつて名古屋まつりの日は学校は休校でした。名古屋っ子英才教育として郷土英傑行列を見せるため...。

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