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第33回
飛び立てなかった鳩は今ようやく
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2004.07.24 |

名古屋のスーパーといえばユニー |
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前回は名古屋のコンビニについてお話しましたが、名古屋ではサークルKの店舗網が圧
倒的であることがおわかりいただけたと思います。そのサークルKを100%子会社として設
立したのが、愛知県稲沢市に本社を置く大手スーパー・ユニーです。

ユニーは名古屋っ子にとって、昔から身近な大型スーパーです。ユニーは1971(S46)年、
ほていやと西川屋チェンが合併して誕生した会社で、当初は「ユニー」というショッピン
グセンターのみの業態だったのが、1977(S52)年にスーパーマーケット「ユーストア」、1
984(S59)年にはコンビニの「サークルK」、ゼネラル・マーチャンダイズ・ストア(GMS)の
「アピタ」と、業態を広げていきます。

近年ではユニーをアピタに業態替えするところも多く、立地に合わせてユニー・アピ
タ・ユーストアを展開しています。ユニーとアピタは茨城県から奈良県の範囲に。そして
別会社のユーストアは東海4県と滋賀県に展開しています。ユニー単独でもスーパー業界
全国4位の売上を誇ります。エリアが限られているにもかかわらずこれだけの売上がある
ということは、東海地区でいかに力を持っているかと言うことがわかります。

2004(H16)年7月21日、ユニーに独占禁止法の疑いで公正取引委員会の立ち入り検査が入
りました。ユニーは取引上優位な立場を利用して、新規開店やセールなどで取引先に従業
員派遣を強要していた疑いがあるとのこと。納入業者は、ユニーの全国4位という売上の
恩恵に与りたいために断ることができなかったそうです。酷い事例では毎日派遣させられ
ていたとか。つまり、ユニーの店員のうち何人かはユニーの人ではなく、納入業者が従業
員として働かされていた疑いがあるというわけです。もちろんそれらの人の給料は納入
業者が支払うわけですから、それが本当ならユニーはタダで労働力を確保していたわけで
す。ユニーは義理人情を重んじる会社のようです。

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| ▲昔のユニーの面影が残る、ユニー柴田店。 |
ユニーに挑んだ四日市のスーパーは今 |
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さて、そんなユニーの一人勝ち状態だった名古屋地区に、昔から果敢にチャレンジして
いるスーパーがあります。全国売上高トップのイオンです。ジャスコを運営するイオンは
千葉市に本社を置き、北海道から沖縄まで隈なく店舗を展開し、さらにはタイ・マレーシ
ア・中国にも展開しています。名古屋とあまり関係無いのでは、と思われるかもしれませ
んがそうでも無いのです。

ジャスコは1970(S45)年に岡田屋、フタギ、オカダヤチェーン、
カワムラを合併して発
足していて、さらに1971(S46)年にはやまてや、シロ(京阪ジャスコ)が加わって誕生し
ています。ジャスコの名は「ジャパン(J)、ユナイテッド(U)、ストア(S)、コーポレーシ
ョン(CO)」の略で、直訳すれば「日本小売店連合」。つまり様々なスーパーの連合体とし
て誕生しているのです。その中心となったのが岡田屋です。岡田屋は、1758(宝暦8)年に
三重県四日市市で創業しています。本社は千葉でも創業は四日市。四日市は名古屋から西
へ20キロほど行った所にある街です。名古屋はジャスコにとって地元と言えるのです。

かつてジャスコは、名古屋ではことごとくユニーの攻勢に遭っていました。ある街で、
古くからの住宅街にポツンとあったジャスコはそれほど大きな店舗ではなく、細々と営業
していました。ユニーはそんなジャスコに目をつけ、近くの住宅地を買収してジャスコの
すぐ横に大型店舗を出店するという手法で集客をしていきます。そのため、一時的にジャ
スコをあまり見かけなくなります。ただ、古くから大駐車場を完備していた大型ジャスコ
はその限りではなく、豊田市などユニー系のスーパーを負かした地域もあります。

時は流れ、ジャスコはイオンと名を変え名古屋へリベンジにやってきます。大駐車場を
完備し、吹き抜けで開放感を演出し、さまざまなジャンルのテナントを配した、ユニーや
アピタとは比べ物にならない程の規模を持つ店舗を、名古屋市港区、西区、東浦町、三好
町、扶桑町と立て続けに出店し、2004(H16)年にはダイヤモンドシティと共同で、ユニー
の本部に程近い木曽川町に、映画館も併設した大型店舗を開店しています。かつてユニー
にやられたことを、さらに上回る規模でユニーに仕掛けているのです。

さらにイオンは、深夜まで営業している「マックスバリュ」というスーパーマーケット
業態も積極的に展開しており、中小のチェーンにも大きな影響を与えています。

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| ▲じわじわとユニーの牙城を崩すイオン。写真は名古屋港ベイシティ。 |
頑張る地場のスーパー |
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中小のチェーン、名古屋にはもちろん地場のスーパーもあります。ずらっと見ていきま
すと、名古屋市東区が本社のヤマナカは、愛知64、岐阜1、三重5店舗。ヤマナカは近年、
高級食材業態の「フランテ」を開発し積極的に展開しています。愛知県津島市本社のヨシ
ヅヤは、愛知17、岐阜3、三重1店舗。ヨシヅヤはGMS店舗に似せた「PATIO」を岐阜県可児
市に出店し成功するも、その後この業態の出店はありません。同じく津島市が本社のアオ
キスーパーは愛知県内に38店舗を展開。そして名鉄グループの名鉄パレは駅前を中心に、
愛知18、岐阜4、静岡2店舗。名鉄パレはここ最近、例の名鉄不採算リストラ計画のなかで店舗縮小傾向にあります。また愛知県
一宮市が本社のカネスエは愛知11、岐阜6、三重2店舗となっています。

さて、名古屋のスーパーを語る上で欠かせないのがナフコです。全体で何店舗あるのか
は把握していませんが、昔は結構見かけたにもかかわらず、ここ最近はめっきり店舗が少
なくなくなりました。なぜでしょうか。ナフコとはひとつの会社ではなく、複数のスー
パーが仕入れを共同にし、同一の店舗名を使用することでスケールメリットを生かそうと、
1962(S37)年に蟹江商店を中心に始まったものでした。そのため各会社名は「ナフコカニ
エ」「ナフコはせ川」「ナフコ不二屋」とそれぞれ違っていました。しかし名称を共同に
したメリットは大きく、常に「♪フレッシュフーズのナフコチェ〜ン」というCMを見かけるほどでした。

しかし2001(H13)年、ナフコの中心的役割を果たしてきたナフコカニエが「フィール」
として独立。ナフコのうち多数の店舗がフィールとなり、現在では、新規出店などごくたまにしかナフコのCMを見ることはありません。裏でどういう話し合いが行われ
たのかはわかりませんが、40年弱続いた関係を解消したのですから、かなり重大なことが
あったと想像できます。

さてそんな名古屋で今、幅を利かせているスーパーがバローです。バローは岐阜県多治
見市に本社を構えています。創業は1958(S33)年ですが、本格的に名古屋へと進出し始め
たのは1997(H9)年です。それからわずか7年で愛知20、岐阜46、三重1、北陸13店舗と、愛
知県内に本拠を置くスーパーを抜く勢いで勢力を拡大しています。バローのコンセプトは
「高くてもいいモノ」。この志向はそれまでの名古屋のスーパーには無く、ヤマナカが現
在「フランテ」で真似をしています。

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| ▲少なくなりましたが、現在もナフコは頑張っています。 |
▲名古屋市内でも急成長、ペット部門は首都圏にも進出したバロー。 |
名古屋の将来性に気づいていたにもかかわらず進出できなかった平和堂 |
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さらには全国規模のイトーヨーカドーや、ダイエーもあり、特にここ数年で名古屋は、
一気にオーバーストア状態になってしまいました。この状況を、昔からずっと指をくわえ
て見ていたスーパーがあります。それは滋賀県彦根市に本社がある平和堂です。滋賀を中
心に富山から大阪まで90店舗を配する、鳩が2羽飛んでいるマークのスーパーです。彦根
市は岐阜県境に近く、平和堂は昔からずっと名古屋進出を狙っていました。しかし、ある
理由からずっとそれを遠慮していたのです。ある理由とは…。

愛知県一宮市にグランドタマコシというスーパーがありました。愛知・岐阜に11店舗を持
つ小さなチェーンです。そのグランドタマコシのトップと、平和堂のトップは昔から個人
的な付き合いがあり、お互いのエリアを侵さないという紳士協定を結んでいたのです。そ
のため、平和堂は昔から名古屋を魅力的な市場と認知していたのですが、ずっと進出を我
慢してきたのです。

ところが、タマコシは2004(H16)年3月、民事再生手続きを開始します。事実上倒産です。
このタマコシ支援にはバローと平和堂が名乗りを挙げたのですが、やはり平和堂が経営再
建支援を行うこととなり、タマコシは平和堂の店舗として再出発することになりました。
平和堂の社長は会見で、もっと前なら名古屋で成功する自信があった、しかしタマコシと
の関係からずっと進出をためらってきた。それが今、このような形で名古屋に進出するこ
とになるとは…。といった内容を話しながら、くやしさを隠せない様子だったそうです。

すでにオーバーストア状態の名古屋で、2羽の鳩は羽ばたくことができるでしょうか。
もっと前だったら…名古屋のスーパー勢力図は変わっていたかもしれません。しかしその
仮定は、「もっと早くタマコシが早く潰れていたら」ということになるので、平和堂もな
かなか本音はコメントしづらいでしょうね…。

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| ▲平和堂のマークは鳩が2羽。これから名古屋で羽ばたけるか。 |
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