おいでよ!名古屋みゃーみゃー通信 第2章 名古屋の味

ういろう裁判

記事公開日:2004年3月27日 更新日:

おいでよ!名古屋みゃーみゃー通信 第18回

イラスト

「拙者親方と申すは、お立合の中に、御存じのお方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町を登りへおいでなさるれば、欄干橋虎屋藤衛門只今は剃髪致して、円斉となのりまする。」

 アナウンサーや声優、舞台俳優といった「お喋り」の仕事に就きたいと思ったことがある方なら、この文章を一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

ういろうで早口言葉?

 歌舞伎の十八番である「外郎(ういろう)売り」の一節なのですが、滑舌・発音の練習として使われることが多いものです。それはなぜかと言いますと、お芝居自体は外郎売りに扮した武士の敵討ちの物語なのですが、この武士と家来とのやりとりが面白く、かつ練習になるのです。

舌がまわるようになり…

 外郎とは透頂香(とうちんこう)のことで、薬でした。外郎売りは、外郎を一粒舐めると胃、心臓、肺、肝臓が健やかになり、口の中もさわやかに、そして食い合わせ・万病にも速攻があると言います。

 そして何よりもこの薬が最も優れているのは、舌がまわるようになることだと言うのです。すると家来達は、そんなに舌がまわるのなら実際に見せてくれ、と言い、それを受けて外郎売りは早口言葉を言い始めるのです。

「あかさたなはまやらわ、おこそとのほもよろを、一つへぎへぎに、へぎほしはじかみ、盆まめ、盆米、盆ごぼう、摘蓼、摘豆、つみ山椒、書写山の社僧正、粉米のなまがみ、粉米のなまがみ、こん粉米の小生がみ、繻子ひじゅす、繻子、繻珍、親も嘉兵衛、子も嘉兵衛、親かへい子かへい、子かへい親かへい、ふる栗の木の古切口。...」

 と、後は延々と早口言葉が続くわけです。どこの放送局でも、アナウンサーになるにはこれが暗唱かつスラスラと言えるようにならなければなりませんし、俳優であればそれに加えて感情を込めなければなりません。

外郎(ういろう)はもともと薬

 外郎はもともと中国から伝わった薬です。中国元朝に宮礼部員として使えた陳宗敬(のちに陳外郎に改名)という中国人が来日し、神奈川県・小田原に移り住みました。そして小田原で「外郎透頂香」を製造するようになり、小田原から全国へ行商人が売り歩いたものです。

一方の名古屋のういろうは

 さて、名古屋名物を代表するものに「ういろ」・「ういろう」があります。それは米粉と砂糖を練った和菓子で、この外郎売りが売っていた薬とは全く違います。しかも現在では、小田原名物としてもこの和菓子のういろうが売られており、また遠く離れた山口県でも、ういろうを名物として売り出しています。一体どういうことなのでしょうか。

 薬の外郎が小田原で作られ始めたのが14世紀半ばと言われています。対してお菓子のういろうは、起源についての記録は残されていないものの、17世紀半ば頃から記録として残っているそうです。

 由来もはっきりしたことはわかっていませんが、外郎売りが薬と一緒にお菓子も売り歩いていたという説や、陳外郎の息子宗奇が、足利義満に薬の外郎とそれに似たお菓子の製法を伝えたことから、薬もお菓子も外郎と呼ばれるようになったという説などがあります。

 どちらにしても、小田原の外郎売りが薬とお菓子を全国に売り歩いていたようで、現在ではお菓子の方が有名になったという経緯のようです。そう考えると、全国にお菓子のういろうは古くから広まっていて、それを気に入った名古屋や山口の人たちが製造し、各地で名物になったということができるのではないでしょうか。なぜ、それらの地域でのみ受け入れられたのでしょうか。

大須ういろ
▲こちらが大須商店街の「ふたつの赤い提灯」。大須ういろのシンボル。

「ういろ」と「ういろう」

 名古屋では「大須ういろ」、「青柳ういろう」の2社が有名です。大須は「ういろ」、青柳は「ういろう」です。両社とも広告に力を入れています。

わーい3時だ大須ういろの時間だ

 まずは大須ういろ。現在も一部のラジオ局では放送されていますが、かつては名古屋全てのラジオ局で午後3時の時報の後、全く同じCMを流していました。NHKやテープなどを聞いていない限り、「わーい3時だ、大須ういろの時間だー。ボーン、ボーン、ボーンと時計がみっつ、坊やおやつを食べました~。トロリとろけてトロリンコー。二つの赤い提灯の大須ういろと、ないろーです。」というCMソングがどのカーラジオからも流れていたのです。

ポポポイのポイ青柳ういろう

 そして青柳ういろう。「ポポポイのポイ。白黒抹茶、あがりコーヒーゆずさくら。」というCMソングでこちらもお馴染みです。あがりの部分が一時期あずきだったこともあります。

 さて、この青柳ういろうのパッケージには、愛知県春日井市の出身で、平安時代の書道の大家・小野道風の故事にある、柳に飛びつくカエルが描かれています。柳は英語でWillow。これは狙っているのかどうかが気になるところですが、1951(S26)年のデザインということですし、それ以前からこの会社は「青柳」なので、偶然の産物な気がします。

青柳ういろう
▲青柳ういろうも大須に店を構えています。

青柳ういろうの商標登録が裁判に

 他にも名古屋にはういろうを作っている会社はたくさんあります。大抵の和菓子屋さんのショーウィンドーに並んでいます。名古屋はもちろんですが、ういろうが名古屋だけの名物ではないということがおわかりいただけたと思います。ところが、それが裁判になったことがあります。

小田原に訴えられた名古屋

 株式会社青柳ういろうは、商品名30種の文字商標を登録しました。これを認めた特許庁に対し、小田原のういろうメーカーである株式会社ういろうがその登録の無効を求め、登録維持審決の取消訴訟をおこしたのです。

 株式会社ういろうは、ういろうを示す商標として過去に「ういらう」の登録商標があり、株式会社青柳ういろうの登録を認めることで、ういろうの商品の出所に混同のおそれがあると主張しました。つまり、「ういろう」は株式会社ういろうが作ったものを示すことが広く知られていて当たり前のことなのに、青柳ういろうが「ういろう」という名のついた商品を商標登録することで、広く一般に間違いが起きると主張したのです。

 この裁判は結局、「ういらう」=ういろうが、株式会社ういろうのものであると、一般的に周知な商標であるとは言えない、つまりういろうは、株式会社ういろうだけが作っているものだとは世間は思っていない、という判断から、株式会社ういろうの訴えを認めないという判決を2001(H13)年3月に東京高裁が下しています。こうして、青柳ういろうの商標はそのまま登録を認められたのです。

もし負けていたら…

 もしこの裁判で、「ういろう」の使用が小田原の株式会社ういろう以外には認められないとなれば、名古屋そして山口など全国の和菓子屋さんが名前を架け替えなければならなかった可能性があるのです。でも「大須ういろ」は気楽だったかもしれませんね。「う」がひとつ少ないですから。あ、でももしそうなったら他が「ういろ」になって困ったことになっていたかもしれません。

 ちなみに他にも、小田原の菓子製造業者「外郎家」が、山口県の梅寿軒「赤間外郎」の商標登録を巡って、特許庁を相手に起こした裁判もあり、こちらは最高裁まで争われました。赤間外郎の登録を認めた特許庁が「ういろうは、かつては外郎家の製造した菓子を示す固有名詞だったが、時代とともに菓子の一種を意味する普通名称となり、審判請求人の請求に理由はなく、登録を維持する。」とした審決の取消を求めたものでした。

 しかしやはり棄却され、赤間外郎の登録は維持されました。外郎家は株式会社ういろうの経営者です。これらの裁判から、小田原の外郎家は、名古屋や山口のういろうメーカーが、ういろうという名の商標を登録することに、「この偽者が」と腹を立てているということがわかります。

「ういろ」に対しての「ないろ」って?

 さて、大須ういろには「外郎」に対して「内郎」と書く「ないろ」とい商品があります。これはういろうにこしあんを加えたもので、ういろうと羊羹の中間のような食感です。青柳にも同様の商品で「上がりういろう」があります。これがまた「ないろう」だったら裁判になったのでしょうか。

 ところで、ういろうと羊羹はどう違うのでしょうか。確かに両方とも形は一緒です。ういろうは先ほど書きましたように、米の粉と砂糖を練り合わせたものです、対して羊羹は小豆と砂糖と寒天を溶かして固めたものです。味や舌触りが違うのはもちろん、決定的な違いはその「重さ」です。

 ういろうが名古屋の名物となり得た事情はこれなのです。羊羹1本持っていくよりも、ういろう1本を入れた紙袋の方がずっしりと重いのです。しかも羊羹よりも安い。そういった事情からういろうは名古屋の名物となったと思われます。つまり、ういろうは見栄っ張りな名古屋っ子のニーズにぴったり合っていたのです。

 ひょっとして、山口県の人も見栄っ張りなのでしょうか。他にもういろうを名物としている地域はあるそうですので、旅行へおでかけの際、「ういろう」というお土産案内をみつけたら、このあたりの人は見栄っ張りなのかも、とそっと思ってみてください。

イラスト
▲この戦いでも、名古屋のういろうは勝ちます。なにせ重いから。

協力

柴田晴廣さん

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