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結局自己満足♪〜名古屋
(2004-10-02)

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とうとう作られなくなった名古屋の歌

 名古屋をテーマにしたご当地ソング、前回は1976(S51)年に発売された「名古屋っ子/無有」までをご紹介しました。石原裕次郎さんを起用すれども売れず、若手アーティストの歌も売れず、名古屋のご当地ソングはどうやっても売れないという定説がレコード業界で広まったのか、名古屋の歌はパタリと発売されなくなってしまいました。

 その状態に風穴を開けたのがオリンピックです。名古屋が1988(S63)年のオリンピック誘致活動に乗り出すと、1981(S56)年「名古屋オリンピック音頭/川崎英世・小林真由美」が発売されました。時代背景もあるのでしょうが、オリンピックで「音頭」という感覚がいかにも名古屋らしいといいますか、これでは垢抜けません。それどころかオリンピックが逃げてしまう気がします。と思っていたら実際にソウルへとオリンピックは逃げてしまい、この歌は名古屋の黒歴史になってしまいました。

 この年、1971(S46)年に神戸一郎さんが歌った「なごやブルース」がリメイクされ、天知茂さんの歌で発売されます。このなごやブルースは今でも歌い継がれていて、その後も城ゆきさん、ハニーシークレッツ、最近ではロス・プリモスさんと真咲よう子さんがデュエットで2000(H12)年に発売しています。名古屋のカラオケ愛好家に歌われているご当地ソングとしては、この曲が一番メジャーなのかもしれません。このリメイクを除き、いよいよレコード会社の名古屋離れは本格的なものになり名古屋をテーマにした新曲を見ることはできなくなってしまいました。

レコード会社が作らないのなら

 そこで立ち上がったのが行政です。愛知県・名古屋市・NHK名古屋放送局などが共同で愛知県および名古屋をテーマにしたご当地ソングを作ろうということで、「愛知・名古屋マイソング」という公募によるご当地ソング製作コンクールを1984(S59)年開催しました。第1回の最優秀賞は「みんな名古屋で」。この歌は地元出身のチェリッシュに歌われ、NHKのローカル放送で頻繁に流され、全国ネットの「みんなのうた」でも申し訳程度に流されました。レコードももちろん発売されましたが残念ながらヒットには繋がりませんでした。

「♪遠い夢を追いかけて、旅立ってしまっても、きっと帰っておいでよ、みんな名古屋で待ってる〜。」という歌詞は、名古屋を離れ東京で一人頑張る名古屋っ子に対して歌われたもので、「叶いもしない夢、夢、夢、言って東京なんかに住んどらんと、夢よりも現実を見て名古屋に帰って堅実な生活をしよまい。」と、東京で頑張っている名古屋っ子をわざわざ引き戻そうというものでした。

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