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新!桶狭間の戦いその3
(2005-10-20)

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 豊明市と緑区に残る桶狭間の戦いの痕跡をたどる3回目です。これまでは今川義元方の史跡ばかりでしたが、緑区の武路町界隈には織田軍の史跡も残されています。緑区の大池から今度は北方向へと歩きます。

 大池から北方向ということは、旧東海道の茶屋集落「有松」へと歩くことになります。しばらくするとユーストアがあるのでそれを越えたところで右に曲がり、道なりに歩いていくと武路公園があります。このあたり一帯はかつて武路釜ヶ谷と呼ばれ、中島砦から進撃してきた織田軍がこの谷に潜んで、今川軍の様子を伺い奇襲のチャンスを待ち構えていたそうです。そして武路公園から真西の道を歩くと、住宅街のなかに「七ッ塚」と書かれた石碑がポツンと残されています。ここは、義元を討ち取った信長が兵を集めて勝ち鬨をあげた場所で、信長は勝ち鬨をあげると清洲へと帰っていきました。その後、村人はこの周辺に七つの穴を掘り戦没者を弔いました。そのため七ッ塚と呼ばれています。ここから奇襲のチャンスを伺ったというのが本当であれば、戦いの舞台は緑区で確定です。ここから豊明の古戦場跡は見えません。

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