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笠地蔵ならぬ笠観音の玉の輿物語
(2005-06-21)

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 桜台高校と八幡神社の間の道路を南下すると、小高い丘が見えてきます。今までのような古墳の大きさではありません。上に登ると見晴らしが良さそうです。その丘の名はその名も見晴台。そして見晴台のある笠寺公園は見晴町と貝塚町にまたがっています。ここからは、古くは縄文時代のものが出土しています。それらを展示した考古資料館も建てられています。行ってみましょう。

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▲見晴台一帯は笠寺公園になっています。

 この見晴台はかつて海に面していました。見晴台全体が弥生時代から古墳時代にかけての集落跡であるほか、鎌倉時代から室町時代にかけては、隣にある笠寺観音の関係者が住んでいた住宅地があったと考えられています。面積は約3ヘクタール。遺跡からは、縄文時代から中世にかけての遺跡や遺構が発掘されています。公園内にある見晴台考古資料館では、この遺跡や名古屋市内各遺跡の発掘調査についてや、出土したものを展示しています。竪穴式住居も復元されています。土器など、3000年前のものから時代順に展示されていて、なかには手で触れることができるものもあります。

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