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名古屋市港区の成り立ち
(2005-04-02)

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港区プロフィール

港区概要

名古屋のベイエリア

 港区は名古屋市南西部に横たわっています。東西に長く、また埋め立てによって南にも伸び続けており、市内最大面積の区となっています。面積が大きい上に海沿いということで、西から日光川、福田川、戸田川、新川、庄内川、荒子川、中川運河、堀川、山崎川、大江川と多くの河川が流れています。区域のほとんどは海を干拓した新田であり、今でも市内最大の米穀生産地帯が西部に広がっています。一方、区の名の由来でもある南東部の名古屋港は、2001(H13)年から輸出入の総額が日本一となっています。しかも東京港や横浜港を大きく引き離しています。西は農業、東は貿易・工業地帯ということで、面積は市内トップであるものの、人口は7位に留まっています。

 区域の変遷ですが、今回は時系列ではなく区域ごとに見ていきます。まず西から。庄内川、新川の西側一帯の新田は、1906(M39)年に海東郡南陽村に統一され、その後海部郡南陽村となり、1949(S24)年に南陽町となりました。そして1955(S30)年に山田村(西区)、楠村(北区)、富田町(中川区)とともに名古屋市と合併し港区になりました。

 続いて庄内川から堀川にかけては、後述の埋立地を除いて1889(M22)年に愛知郡小碓村となりました。小碓村は熱田区千年、熱田新田も含む広大な区でしたが、1907(M40)年にそのうち港区の当知、土古あたりを除いて名古屋市に吸収され旧南区となりました。残された小碓村についても1921 (T10)年、旧南区に編入されました。

 そして1937(S12)年、旧南区のうち旧南陽町を除き現在の区域を以って港区が誕生しました。また大正時代以降、稲永から金城ふ頭にかけてや、ガーデンふ頭が埋め立てられた他、堀川の東側は南区であるもかかわらず、埋立地については港区になったため、港区はさらに東に広がりました。

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