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名古屋市瑞穂区の成り立ち
(2004-10-22)

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瑞穂区プロフィール

瑞穂区概要

名古屋の下町

 瑞穂区は、名古屋市のおへそ熱田区の東側にあり横長の長方形をしています。北は昭和区、西は熱田区、南は南区、東は天白区に囲まれ、それぞれの方角が各区の文化に影響されています。

 瑞穂区の区域は東から愛知郡古沢村、瑞穂村、弥富村の3村にわかれていました。古沢村は現在の熱田区が大部分を占めていて瑞穂区に含まれる部分はごく一部でした。古沢村の部分は熱田町を経て1907(M40)年に名古屋市に編入され、1908(M41)年の区制施行で旧南区となりました。瑞穂区の西半分を占めた瑞穂村と、東半分と天白区の八事地区に広がっていた弥富村は、現在の南区にあった呼続町との合併を経て、1921(T10)年旧南区に編入されました。その後1937(S12)年、新たに6区が新設された際、旧古沢村は熱田区に、残る部分は現在天白区の部分も含め昭和区となりました。そして 1944(S19)年、昭和区と熱田区から現在の瑞穂区が分立して現在に至っています。

瑞穂区のみどころ−下町風情と古墳・貝塚

「瑞穂」とはみずみずしい稲の穂を指す言葉です。区が誕生した当時はそういった稲の穂が揺れる風景が多くあったようですが、現在その面影は全くといっていいほど残っていません。古くは南側に海岸線が迫っていたことから区内には貝塚が残っていたり、古墳もあちこちに点在しており、先史から人の居住地域であったことを示しています。

 熱田区、南区と接する区の西側には工業地帯が広がっており、中小の町工場から、世界に誇る大企業にまでなったブラザーやパロマといったメーカーの発祥の地でもあります。またそれら工場で働く人々のための商店街や飲食店も多く、下町風情を感じることができます。区の中央部に行くに従って工場と住宅が混在するようになります。

 区の中央を走る環状線沿いには商店がずらっと並び、また名古屋市立大学病院や、博物館、そして陸上競技場、ラグビー場、野球場などの設備が集合した瑞穂運動場があり、運動場ではさまざまなスポーツイベントが開かれます。環状線を東に越えると、完全に住宅街となります。

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