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名古屋市昭和区の成り立ち
(2004-08-11)

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昭和区プロフィール

昭和区概要

名古屋の文教地区

 昭和区は中区南部の東に位置し、繁華街金山の東側一帯に細長く横たわります。北側には昭和区と同時に名古屋市に編入された千種区、東側にある天白区と南にある瑞穂区は時期は違うものの、どちらも昭和区だった時代がある区です。

 昭和区の区域が名古屋市になったのが1921(T9)年のこと。現在の昭和区の区域はほぼ当時の御器所村で、旧中区として名古屋市に編入されました。その後1937(S12)年の10区制施行によって昭和区として分離独立しています。

 昭和区として独立した時は現在の昭和区の姿ではなく、それまで旧中区だった現在の昭和区部分と、旧南区だった現在の瑞穂区全体、そして同じく旧南区だった天白区の八事地区を含んだ広大な区でした。その後1944(S19)年に瑞穂区が分離独立し、現在の昭和区と天白区八事地区のみの区域になるのですが、 1955(S30)年に今度は現在の天白区部分全てを編入し、旧昭和区は現在の昭和区と天白区を合わせた再び広大な区となります。地図を見るとかなり歪な形をしていたことがわかります。そして1975(S50)年の16区制施行により天白区が分離独立し、現在の昭和区の形となりました。

 このように、現在の昭和区の部分だけを見れば単純な変遷なのですが、瑞穂区や天白区全体を含んでいた時期があり、時代によって面積や形が大きく移り変わっていることがわかります。

昭和区のみどころ−旧街道と超高級住宅地

 名古屋市の区域となったのは千種区と同時期なのですが、古くから飯田街道、塩付街道といった旧街道があったことから千種区よりも古い街並みが多く残されています。区の西側は街道沿いに古くからの住宅街と商店街が残されており、東側は千種区同様新しい高級住宅街、学生街となっています。形成された時代は違えども、区全体が住宅街となっているため市内でも人口密度の高い区となっています。区の西側には郡道が南北に走り、中央には同じく南北に塩付街道が、そして吹上から八事へと飯田街道が横切っています。また、区を南北に流れる山崎川は桜の名所としても有名です。同様に鶴舞公園、八事山興正寺、隼人池公園も区民の憩いの場となっています。

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