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名古屋市北区の成り立ち
(2004-05-05)

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北区プロフィール

北区概要

名古屋の元祖ベッドタウン

 北区は名古屋市の中央部の北側一帯を占める位置にあり、西区と守山区に挟まれる形になっています。元々、名古屋市が誕生した1889(M22)年当時は全てが郡部で全く名古屋市には含まれていませんでした。

 最初に名古屋市へと編入されたのは、名古屋城の北側にあり、西区の城下町まで広がっていた金城村とそこから大曽根にかけての一帯にあった杉村、清水町、六郷村でした。金城村は旧西区に、他は旧東区となりました。そして1932(S7)年、萩村のうち旧辻村だった部分(現在の平安通の北側)が旧東区に編入、さらに1937(S12)年に萩野村全域が旧西区に編入され、庄内川の南側全てが名古屋市となりました。この時点では、現在の北区のほぼ北半分が旧西区、ほぼ南半分が旧東区という状態でした。

 そして1944(S19)年に13区制が施工された際に、北区が誕生しました。庄内川の北側一帯にあった楠村は1955(S30)年、隣の山田村が西区に編入されるのと同時に合併しています。現在の形になったのは西区と全く同じ時期なのですが、西区とは大きな違いがあります。それは庄内川の南側部分も名古屋市になったのが遅かったということと、西区と違い北区には城下である部分がなかったために、川の両側にそれほど大きな地域格差がありません。

北区のみどころ−各所に残る恋の伝説を探して

 北区は庄内川、矢田川が流れ水に恵まれていたこともあり、古くから多くの人が住んでいました。かつては陶器の絵付け産業や、国の伝統工芸品の指定を受けている「名古屋友禅」といった繊維産業が盛んだったのですが現在は衰退し、その工場跡地には数多くの住宅が立ち並んでいます。

 そのように、古くからの住宅街と新しい住宅が混在してながらも一大住宅街が形成されていて、史跡公園や川岸の緑地も多く、かつてお城の御用水であった黒川一帯は緑地が整備されていて、散歩をするにはとてもいい環境が整っています。

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