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名古屋市西区の成り立ち
(2004-04-10)

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西区プロフィール

西区概要

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名古屋の城下街

 西区は、古くから城下町として栄えたお城から庄内川にかけての名古屋城北西部一帯と、庄内川の北側・小田井地区をエリアとする区です。名古屋市が市制施行をした1889(M22)年当初は、名古屋城近くの一部分が含まれていただけで、残りは郡部でした。1898(M31)年には那古野村が名古屋市に編入され、1908(M41)年に区制が施行されると当時の旧西区はこの一部分と現在の中区、中村区、北区のそれぞれ一部を含む形となりました。そして 1921(T10)年、庄内川よりも東の枇杷島町が旧西区に編入されました。東枇杷島が名古屋市なのに対し、庄内川の西にある西枇杷島は現在も西春日井郡西枇杷島町として独立しています。

 そして1921(T9)年に児玉や押切の北側が金城村から旧西区に、1930(S5)年と1937(S12)年の2回にわたり庄内村が名古屋市と合併し、庄内川の内側の部分全てが旧西区となり、広範囲の区となります。そのため1944(S19)年に区域が改められ、旧西区のうち、現在中区の部分は当時新設の栄区に、北区、中村区の部分についてはそれぞれ各区に分けられ、庄内川の南側については現在の西区の姿となります。庄内川の北側にあった山田村は 1955(S30)年に西区に編入され、現在の西区の形が完成します。ですので、西区のなかでも庄内川よりも北側は比較的新しい名古屋市域と言えます。そこには歴史的にも微妙な温度差があります。

 現在の西区の範囲はこのような変遷をたどっていますが、かつては現在の中区、中村区、北区の部分も西区とされていた部分がありました。なりたちは現在の区分で辿っていますので、そのあたりは各区でご紹介しています。

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