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岐阜放送がぎふチャンに...しかし衝撃の真実
(2007-09-29)

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 1962(S37)年に開局し、今年開局45周年を迎える岐阜放送は、この11月11日に社屋を移転します。これまでは筆頭株主である岐阜新聞のお隣に3階建ての社屋を構え、そこからテレビとラジオの放送を送出してきたのですが、新社屋は新しい岐阜市の顔となる、JR岐阜駅前に建てられた岐阜シティ・タワー43となります。と言っても、もちろん43階全部が岐阜放送なわけはありません。4階のワンフロアに入居します。テレビとラジオの両方を兼営する局がワンフロア...。スタジオ狭そう。

 岐阜放送にとってこれは第2の開局とも言える出来事。これを機にキャッチフレーズや、呼称を変えるのではないか?という憶測が飛んでいたのですが、やはりそうでした。しかし、そんな発表があった矢先に、私は衝撃の真実の目の当たりにしてしまったのです。正直、岐阜放送は何をやっても無駄なのではないか、そんな気さえしてしまいました。

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 岐阜放送は、どこの系列にも属さない独立U局としては珍しく、ラジオからスタートした放送局で、わが国で唯一、ラジオもテレビもどこのネットワークにも所属していないという貴重な存在です。よく言えば独立独歩。悪く言えば仲間はずれです。岐阜新聞が作った放送局というイメージが強く、岐阜新聞と犬猿の仲と言われている中日新聞での扱いは悪く、中日新聞は岐阜県のみの版を印刷しているにもかかわらず、ラジオ欄、テレビ欄ともに意図的に岐阜放送のスペースを小さくしています。

 そんな岐阜放送ですが、かつては「岐阜放送テレビ」「岐阜放送ラジオ」という呼び名を使用しており、斜体のロゴを採用していました。

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 それが1992(H4)年4月、新CIを導入をします。テレビは「岐阜テレビ」、ラジオは「岐阜ラジオ」とし、GBS岐阜放送のロゴも一新。GBSと岐阜放送という文字がワンセットでデザインされたロゴはとてもセンスが良く、当時の業界紙でもデザイン性の高い放送局のロゴとして紹介されました。

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