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大丸は守ってくれた「松坂屋ストア」消滅
(2013-05-21)

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★とうとう消えた「松坂屋ストア」
★大丸はその名を守ってくれていた?のに...
★最後通牒を突きつけたのはあの大手流通だった

 名古屋で圧倒的なブランド力を持ち「贈答品はカトレアの包装紙でなけなかん!」と、他の百貨店とは一線を画す格調高さを持ち続けてきた「松坂屋」。しかし、その松坂屋の名を冠したスーパーがとうとう消えることとなりました。親会社の事業統合では守られたその名が、意外なタイミングで消えました。名古屋にとっての松坂屋ストアとは何だったのか。

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生活と文化をつなぐマツザカヤも統合...

 松坂屋の創業は今から遡ること402年前、1611(慶長16)年のこと。「いとう呉服店」として名古屋にはじまりました。江戸に進出した際に、上野の「松坂屋」を買収したことから「いとう松坂屋」となります。大正時代には全店が「松坂屋」の名となり、戦後はイメージソング「振り向けば松坂屋」をテーマ音楽にしたラジオ番組「0時半です松坂屋ですカトレヤミュージックです」がスタート。松坂屋本店南館のオルガン広場から、毎日公開放送が行われました。週末も休むことなく毎日、43年間に渡って放送されましたが、2008(H20)年春にその幕を下ろしました。

 その前年、松坂屋は大きな決断をします。大丸との共同持株会社「J.フロントリテイリング」を設立し、経営統合に動き始めるのです。その影には、あの、名古屋がもてはやされたはずの、愛・地球博が開催された2005(H17)年の混乱がありました。その年、松坂屋は村上ファンドに株を買い占められたのです。

 防衛のため、また、厳しくなる百貨店業界での生き残りをかけての大丸との共同持株会社化。2010(H22)年には新たに松坂屋を存続会社として「大丸松坂屋百貨店」が発足。名実ともに大丸と松坂屋はひとつになりました。

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