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ニュータウンの夢は今、絵空事に−桃花台
(2006-09-03)

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 新しく生まれるものがあれば、消えていくものがある。それがこの世の中の常ではありますが、今、名古屋近郊には「新」という名を付けたまま間もなくその姿を消そうとしているものがあります。それはピーチライナーという愛称を持つ、「新交通システム桃花台線」です。ピーチライナーが運行を開始したのが1991(H3)年の3月25日。ピーチライナーはわずか15年の歴史に間もなくピリオドを打とうとしています。なぜ名古屋近郊のベッドタウンを走る「新交通」が廃止という末路を迎えることになってしまったのか。車窓の風景を見ながら考えてみます。

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 小牧市に「桃花台ニュータウン都市計画」が決定したのが1971(S46)年。近くには多摩や千里と並ぶ、名古屋地方では先駆け的な存在である高蔵寺ニュータウンがあり、それに続く格好となりました。計画人口は54,000人。JR中央本線の沿線に作られた高蔵寺ニュータウンとは違い、桃花台には交通手段が無かったことから、無人運転による新交通システムの導入が検討されました。そして1979(S54)年10月には宅地分譲が開始されました。私は当時、愛知県住宅供給公社の賃貸住宅に住んでおり、親が桃花台の宅地を購入して引っ越していく同級生が何人もいたことを覚えています。

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 その年の12月には桃花台新交通株式会社が設立され、軌道事業特許取得や高架軌道着工を経て、1991(H3)年3月25日に新交通システム桃花台線が開業しました。小牧市の市街地にある名鉄小牧線小牧駅と桃花台ニュータウンの中心にある桃花台センター、そして桃花台東駅を結ぶ7.4キロで運行が開始され、実際には有人運行となりました。開業直前に策定された1日の利用者予想は12,000人だったのですが、いざ蓋を開けてみると開業当初の利用者は1日約2,000人。後の報道で明らかになったのは、その利用者予想は競合他社を全く考慮していなかったというのです。

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