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秀吉とガラスの街で食べ歩き-長浜・黒壁スクエア
(2011-10-26)

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「秀吉の作ったまち」というキャッチコピーがついている、琵琶湖の北東に位置する街・長浜市。今回はそんな長浜の中心部を歩きながら、おいしいものをいっぱい食べてみることにします。

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秀吉が作った長浜・「長」の意味とは?

 まず、なぜ秀吉が作ったまちと呼ばれるのかと言いますと、以前レポートしましたように、江の生まれた小谷城が落城し、それまで北近江を治めていた浅井氏が滅亡します。すると、木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)は活躍が認められて、北近江の地を与えられます。

 そして、藤吉郎は羽柴秀吉と名乗るようになります。しかし秀吉は、小谷城よりも、湖上交通の要衝となる場所に城を作ることとし、翌年「今浜」という町に城を完成させ、その名を「長浜」に変え、城下町を形成したのです。

 この長浜の「長」が何を意味するのかは、もうおわかりですよね。そう、一説には、信長へのゴマすりと伝えられています。さすが名古屋っ子秀吉ですね。

 そんな長浜の街を南北に走る旧・北国街道沿いには、古くからの黒漆喰の建物がたくさん残っており、それらを生かして「黒壁スクエア」という観光スポットが形成されています。行ってみましょう。

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長浜がガラスの街になった意外な理由

 黒壁スクエアのなかでも、歳を重ねた建物と洒落たショップが融合して、レトロでモダンな空間が形成されているのが、昨年オープンしたばかりの回廊「季織の小径(ときおりのこみち)」です。

 回廊沿いには、秀吉とは別の、もうひとつの長浜の顔であるガラスのショップがずらり。また、工房も併設されているため、ガラス細工を製作している様子も見ることができます。街の至るところにガラスのオブジェも配されていて、透明感のある作品と漆黒の建物の対比も見ものです。

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