mobile ver.

島全体が廃墟・かつての未来都市へ-軍艦島上陸(1/3)
(2010-07-25)

< ページ移動: 1 2 3 4 5 6 >

★日本で最も豊かだった島は突如無人島に
★35年ぶりに許された上陸
★船に乗れたからといって安心はできない

 私がその島の存在を知ったのはいつだったか...。幼い頃に見た啓発CMだったと思います。まるで未来都市のような宝の島が長崎にあったという。しかし、その島は死んでしまった...と。ずっとそのかすかな記憶が残っていたところで、2005(H17)年、テレビでその島への報道公開上陸レポートを見たのです。

 日本で初めての鉄筋コンクリート集合住宅が作られ、東京よりも人口密度が高く、人々は豊かな暮らしをしていた「島」。それがある日を境に無人島となり、それから30年以上、無人島として風雨にさらされ続けているのです。

 それでさらに興味を持った私は、いろいろと島についての資料を見て、その豊かだった当時に思いを馳せるとともに、この島の持つ意味は何なのだろうかとずっと考えてきました。そこへ、吉報が舞い込んできたのです。そう、この島への上陸が許可されたのです。昨年春のことでした。

写真

35年ぶりの上陸解禁

 軍艦島こと、長崎市にある小島「端島(はしま)」はかつて海底炭鉱として栄えた島でした。明治時代から三菱の私有地となり、三菱は労働者のための住宅を島に建設し、それは街となり、コミュニティを形成していったのです。1916(T5)年には日本初の鉄筋コンクリート製の集合住宅が建設され、海に浮かぶ小島に高層ビルが建つその姿は、遠くから見るとまるで、日本海軍の戦艦「土佐」のようだったことから「軍艦島」と呼ばれるようになったのです。

 戦前から戦後にかけて良質な石炭を生産し続け、最盛期には、周囲わずか1.2kmの島に5,000人以上が暮らし、人口密度は東京都区部の9倍にも達したといいます。炭鉱での労働は厳しかったことと引き換えに、住民は豊かな暮らしをしており、敷地が少ないことから建物はどんどん高層化し、まるでそれは未来都市かのようだったとのこと。

 しかし、石炭の時代は終わりを告げます。時代のエネルギーは石油に取って代わられ、軍艦島の炭鉱は1974(S49)年1月15日に閉山。炭鉱の閉山。それは島の終わりを意味するものでした。

< ページ移動: 1 2 3 4 5 6 >


コメント投稿
コーナーTOPへ戻る サイトTOPへ戻る

copyright (c) TOPPY.NET