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戦国と泰平が隣り合わせ・歴史の証人−国宝松本城
(2008-05-01)

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 前回は、天下分け目の「関ヶ原合戦」で知られる岐阜県の関ヶ原町を訪れ、その生々しさを感じましたが、当時の面影を残す建造物などはほとんどありませんでした。まあ、戦いの舞台にそんなものを求めるのは元々無理んなわけですけれども。

 そこで、その当時の建造物を見ることで、戦国時代にもう少し思いを馳せてみようということで、今も昔からの姿を残す、長野県松本市の「国宝・松本城」へと行ってきました。

 さすが400年以上そこにあり続けるだけのことはあります。まさに戦国時代と、その関ヶ原合戦の後に訪れた泰平の世とが、隣り合わせになっていました。士気の高揚と優雅な気分を一気に味わえる松本城。

 しかしそこでまさか、名古屋っ子のがめつさを見ることになるとは。

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いきなり感じる戦国時代

 入城すると、やはり名古屋城などの再建されたお城とは雰囲気が全然違います。天守の1階は、食糧や弾薬などの倉庫であったと思われる場所で、かつては柱の間に壁があり、それぞれ部屋がわかれていたと推測されています。

 その1階を取り囲む周囲の1間通りは、内側の床よりも50センチ低くなっていて「武者走」と呼ばれています。いざ戦闘となった際には、武士が矢玉を持ってその場所を走り回っていたことから、この名前がついたといわれています。

 なるほど。この弾薬庫から玉をつめて走り回っていたと。しかも再現ではなく実際にここを走り回っていたのですね。

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防御のための直接攻撃

 1階には矢狭間や鉄砲狭間、石落といった、石垣を登ってくる敵に対して、矢や鉄砲を放ったり、石を落としたりする小窓が実にたくさんあります。矢狭間は60ヶ所、鉄砲狭間は55ヶ所、石落は11ヶ所にも及びます。

 松本城の天守が築造されたのは、関ヶ原合戦よりも前ですので、その後のお城とは違い、戦国時代をリアルにバトルしてきたお城なのです。それをさらに感じさせてくれるのが2階です。

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