mobile ver.

武者同士でもやっぱりそこは男と女−木曽義仲・巴御前
(2007-07-18)

< ページ移動: 1 2 3 4 5 6 >

 巨大迷路や浦島太郎の伝説を追ったりと、最近は長野県の木曽路にやってくることが何度かあったのですが、その木曽路のなかに、相方が行きたいという場所があるということで、木曽町の旧日義村へとやってきました。日義村は平安末期に征夷大将軍となった朝日将軍(旭将軍)木曽義仲(源義仲)の育った場所として知られており、村には義仲に関する資料を展示した「義仲館」という施設があります。

 義仲館は「よしなかかん」ではなく、「よしなかやかた」です。なぜかはわかりませんが、たぶん「よしなかかん」ですと、「か」が連続して言いにくいからでしょうね。「だったら『よしなかん』でいいじゃん」と言うと、相方は怪訝な表情でした。

写真

 私は元々歴史に疎いこともあり、名古屋にまつわる武将などでさえ、人となんとか会話についていてる程度の知識しかなく、名古屋に縁の無い木曽義仲についてはほとんど予備知識がありませんでした。一方の相方は、大河ドラマを良く見ていて、さらに平安時代好きなのでこのあたりの歴史にはとても興味があるようでした。

 義仲館は木曽義仲の生涯に関する資料が展示されていて、4月から11月のみ開館しています。立派な門、そして立派な建物です。向かって右半分は公民館ですけどね。中庭には木曽義仲とその愛妾である巴御前の像があります。巴御前は愛妾と言うよりは戦友で、この銅像のように女武者として義仲とともに戦っていたと伝えられています。戦場で戦う強い女性です。

写真

 資料館に入ると、まずは木曽義仲、巴御前、そして今井四郎兼平、樋口次郎兼光、根井行親、楯親忠ら木曽四天王の6人がろう人形でお出迎えです。ここでもやはり戦う女、巴御前は太刀を持って立っています。まるで巴御前がメインの展示のような...。相方によると、木曽義仲を語る上では巴御前の存在が外せないというか、この2人の絆が話の主題のようなものであり、むしろ巴御前の方が気になるとのこと。確かに、この時代に刀を持って戦っていた女性...すごい存在感ですよね。

< ページ移動: 1 2 3 4 5 6 >

コメント(2)
コーナーTOPへ戻る サイトTOPへ戻る

copyright (c) TOPPY.NET