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富山村...消える日本一のミニ村
(2005-11-26)

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富山村ってどんなところ?

 富山村(とみやまむら)。

 愛知県民ならほとんどの人がその名を知っているだろう。しかし、そこへ訪れたことがあるという人はそう滅多にいるものではない。一体どこにあるのか、地図を開いてみる。愛知県全図を見ると、愛知県の右上にまるでかけらように富山村はある。詳しく知ろうと詳細ページを開いても、余程詳しい地図でなければ愛知県の北東部は縮尺が大きく、富山村には駅と役場くらいしか描かれていない。その役場と駅を取り囲むように、もの凄い勢いで等高線がひしめきあっていることから、かなり急な山地であることはわかる。

 富山村は、一部の人々の間では大変人気があるスポットである。といっても村に何か特別なものがあるわけではない。村自体が人気なのだ。一体何で人気を集めているのか。富山村は、離島を除いて全国で最も人口の少ない「日本一のミニ村」として知られており、 1983(S58)年からその状態は続いている。「日本一のミニ村」という響きは、まるで秘境のようで冒険心をそそられる。それが人気たる所以であろう。しかもそのミニ村が、日本三大都市圏のひとつを担う愛知県にあるというのだから不思議だ。なぜ日本一のミニ村が愛知県に誕生したのか、まずはその歴史から紐解いてみることにしよう。

地図

 富山村が誕生したのは今から遡ること129年前、1876(M9)年のことである。佐太、大谷、市原、河内の4つの村が合併して誕生している。河内が中心地となり、そこに村役場が置かれた。林業や養蚕が盛んで、村の中心部には農協や信用金庫もあり普通の山村だった。1920年代には最盛期を向かえ人口は 1,500人近くとなった。そして戦後の1950(S25)年には1,067人であった。そんな富山村に転機が訪れる。村は分割されたわけではない。にもかかわらず普通の山村が、なぜ日本一のミニ村となったのか。

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