イベントレポート

花火帰りに列車で事故・心の狭い人々...そして主催者

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 例年、激しいバトルを繰り返している岐阜の2つの花火大会。私は今年も、8月第1週土曜に開催された、岐阜新聞と岐阜放送が主催する「第62回全国花火大会」に友人たちと行ってきました。今年は、花火帰りに名鉄電車が事故で、遅延するトラブルに巻き込まれました。私たちが乗ったよりも先発の列車で子どもがドアと戸袋の間に腕を挟まれ、レスキュー隊が出動したとのこと。救出にはかなりの時間がかかり、後続の特急列車に乗っていた乗客のなかで、心の狭い乗客は激怒。

 心が狭いといえばもうひとつ。花火会場から岐阜駅まで徒歩で帰る人が多いため、例年休憩所として開放されていた途中にある主催者のロビーは今年は閉鎖。そんな心の狭い主催者に私たちは激怒。

 両方の顛末をレポートします。

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 まずは名鉄電車のお話から。花火大会が終わり、後片付けを済ませた私たちは午後9時15分に長良川河畔を出発し、午後10時15分に名鉄岐阜駅に到着。先発には臨時と思われるミュースカイ車両の特急新可児行きがいましたが、22分発の河和行き普通に乗車。パノラマカーの6両編成でした。1961(S36)年に、斬新な展望室付き車両として登場した名鉄のパノラマカーですが、老朽化が進んでいる上にさらに新型車両が続々と投入されているため、全車両の廃止が決定しています。

 午後10時38分、この普通列車は新加納駅に停車すると、なにやら車内は慌しくなりました。先頭車両に乗っていたため、私たちは業務無線が聞こえる状態でしたので、その慌しさが伝わってきました。車掌は線路に降りると、前に止まっているミュースカイ車両の特急新可児行きの列車へと線路上を走っていきました。

 無線の内容によると、午後10時5分に名鉄岐阜駅を出発した中部国際空港行き普通電車が、午後10時18分に新那加駅に到着した際、子どもの腕がドアと戸袋の間に挟まってしまい、レスキュー隊が救出作業を行っているとのことでした。

 ということは、私たちが名鉄岐阜駅を出発した際には既に事故は発生していたことになります。この各務原線の列車が止まってしまったということは、名鉄岐阜駅は花火帰りの人々で溢れ返っているはず。そして直結している犬山線にも当然影響が出ていたことでしょう。

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 事故発生から36分後の午後10時54分、ようやくレスキューが完了。これだけ時間がかかったということは、ただごとではなかったということが想像できます。この間、新加納駅周辺の踏切は鳴りっぱなしで、遮断機はずっと降りたままでした。その子どもの腕を挟んでしまった電車は、回送扱いとなったため、約500人の乗客は新那加駅で全員降ろされました。

 そして、その後続を走っていた特急新可児行きを普通電車に切り替え、その乗客を乗せることになったのですが、特急に乗っていた乗客がどうやら怒っている様子。特急に乗るために全員ミューチケットを購入しており、さらにその乗客は、犬山で乗換えるために特急に乗っていたわけですから、なかには帰宅が困難になってしまった人もいるのではないでしょうか。当然、ミューチケットは払い戻し扱いとなりました。

 特急の運転士はそのまま特急で運行したがっている様子でしたが、結局普通扱いに。ミュースカイ車両が普通電車として運行されたのです。これは異例です。ミュースカイ車両の方向幕に「普通」と表示されたのです。

 これは想像ですけれども、払い戻し扱いの説明をするたびに、車掌は乗客に怒られたのでしょうね...。

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 そして新加納に午後10時38分から停車し続けていた私たちのパノラマカーも、午後11時6分に復旧し運転を再開しますが、スピードは遅く、時々途中で停車しました。こうして私たちは当初の予定より41分遅れ、午後11時34分に新鵜沼に到着しました。そしてこの列車が、この日は名古屋方面への最終列車となりました。

 発表によりますと、約1,800人に影響がでたとのこと。もちろん、そのなかに私たちは入っています。

 腕を挟まれたお子さんは軽傷とのことで、良かったですが、簡単に腕を引き込まれてしまう構造に問題があるような気もします。でもまずは、乗客が気をつけたいところですね。

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 続いては花火のお話。今年も私たちは名鉄岐阜駅から、岐阜市役所の前を通って、金華橋東側の長良川河畔まで徒歩で行きました。昨年、途中に歩行者用信号機が針金で釣られているのを見た記憶がありました。昨年はちょうど今頃、プールで針金で固定された蓋が外れて女の子が死亡する事故があったため、「針金固定はダメでしょ。」などと話したことを覚えています。

 すると...あれから1年経ったにもかかわらず、その歩行者用信号機は針金で固定されたままで、傾いたままでした。

 この信号機はちょうど岐阜新聞本社前にあり、傾いているのは岐阜新聞に対する皮肉かもしれません。岐阜新聞の一体何が傾いているのか、そして本当に傾いているのかどうかは知りませんが。

 まあ、ひとつだけいえることは、報道機関の目の前の信号機が1年以上こんな状態でも、何も気づかない報道機関であるということだけは間違いありません。

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 長良川沿いの道路は、夕方になって露天が出て、歩行者が溢れ始めても車両通行止めにはならず、案内もされません。しかし、皆さん車両通行止めになることはわかっているので、敷物をもって周囲の様子を伺っています。例年、午後6時か6時半には通行止めになるとのこと。

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 そして午後6時、東の方から次々と敷物を敷く人の姿が。それが車両通行止めの合図です。今年も私たちは間近で花火を見ることに成功しました。友人たちに感謝です。今年は全くの無風と言っても良い状態で、煙がすごくて花火が見づらかっただけではなく、火薬の燃えかすが大量に頭上に降ってきました。大変でしたけれども、ものすごい臨場感でした。まあ、夜なので当然灰はよく見えません。花火が終わったあとに明るいところに行って初めて、服に灰がいっぱい降っていることが確認できました。これ以上無い花火の臨場感です。

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 やっぱり、岐阜の花火は岐阜新聞主催に限りますね。午後7時半から1時間20分の間、休む間もなく次々と花火が打ち上げられました。本当に間があかないのです。ですから、1時間20分の間にトイレに行くことは困難なほどです。トイレどころか、カメラの電池交換をする暇さえもありません。それほど連続して打ち上げられるのです。

 午後8時50分に花火は終了。普通の花火大会ですと、まだあがるかな、まだあがるかな?なんて感じがあるのですが、この花火大会はそれだけ連発であがるわけですから、終了が明確。そして車両通行止めは早々に解除されることを皆さん知っているので、撤収が早い。

 全然動かないバスを横目に、ほとんどの人は名鉄岐阜駅へと1時間かけて歩いていきます。

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 さて、その花火会場から名鉄岐阜駅への間には、この花火大会の主催者である岐阜新聞と岐阜放送の本社があります。例年、岐阜放送のロビーはそんな徒歩の人たちの休憩スペースとして開放されていました。

 岐阜放送は今年の秋に新社屋、といっても駅前のテナントビルですが、そちらに移転することが決定しているので、花火大会の時にこの場所に岐阜放送があるのは今回が最後ということになります。

 しかし、今年は岐阜放送のロビー開放は無し。ですので休憩をすることはできませんでした。

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 この地方で最多の、3万発を誇る長良川の花火大会。7月最終土曜の「中日花火大会」と、8月第1土曜の「岐阜新聞岐阜放送主催・全国花火大会」。

 今年の全国花火大会は、昨年よりも人出が少ないような気がしました。台風や当日の雨で出かけるのを取りやめた人がいたからかもしれませんし、人出が少ないというのも気のせいかもしれませんけど、こんなこの地方最大の花火大会を、2週連続で同じ場所で開催するという現在の状況を、いつまで続けることができるでしょうかね。

 岐阜新聞さん、岐阜放送さん。これからも頑張ってくださいね。花火大会に関しては、中日に勝ってると思いますので。

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取材協力

KAZ Communications

長良川河畔(岐阜市)


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